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猫を殺(と)れ

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
雨の上がった繁華街
酔客たちを押しのけて、小路に入った
ロングのファーコートがかすかに弾いていた雨粒を手で払った
履きなれたヒールが、人気もまばらな小さいバーやスナックのひしめき合ってる路地に、軽い足音を響かせた。
目深にかぶったツバ広の帽子をクイっと前だけ上げ、薄いサングラス越しに目当ての店を探した
重厚なリベットがいくつも打たれた鉄製扉には「MEMBER'S ONRY」の文字と髑髏が浮き出ている
扉の上のネオン管は壊れかけで不定期な明滅をくりかえしていた
筆記体で「TOMMY'S」とブルーにチカチカという音を出しながら、入り口に不規則な影を作った
来るものを拒むその扉のドクロの下の鉄の輪を持ち、扉に3回打ち付けた
しばらくするとドクロの黒く空いた眼窩の部分がガシャッという音と共にスライドして一対の目と視線を交わした
内側からロックを外す音が3回聞こえた後、扉が開かれた
「やあ」
体格のいいスキンヘッドの男がそれだけ言って私を中に通すと、また扉にロックをかけた
店の中は暗く、5人ほどが座れるカウンターと4人掛けのテーブルが2つ
カウンターに3つ、テーブルに1つずつ蝋燭が燈っていた
BGMは無かった
カウンター奥の酒瓶の棚の一番下にアクアブルーの蛍光灯が光っている

「コートは?かけるかい?」
「このままでいいよ、トミー」
そう言ってカウンターの端から2番目のスツールに腰を掛けた
トミーはそのまま、手持無沙汰気にカウンターの中に入った
「何飲む?」
「冷えたミネラルウォーターにレモンを絞って」
無言で頷くとトミーはキューブアイスをミキサーにかけクラッシュド・アイスにし
冷凍庫から取り出したロングタンブラーに砕かれた氷をきっかり1/3いれ
スクイザーを使い、半切りにしたレモンを絞ると、グラスに足した
これだけは常温なのか、コンテナからミネラルウォーターの瓶を取り出すと
栓を抜き、グラス8分目でぴたりと止めると、マドラーで優しくミックスした
手のぬくもりが伝わらないように、指でつうっとカウンターを滑らし私の前に持ってきた

グラスから出る湯気が露にならないうちに飲むのがトミーへの礼儀だろう
一口目は口を潤すだけ
二口目はゴクリと音を立てて飲んだ。うまかった。
腰から巻いたソムリエエプロンで洗った手を拭く姿が様になっていた
「トミー・ザ・ボマーも今じゃバーテンダーか」
「懐かしい響きだよ、ファナティック・ハイネ」
「もうファナティック(狂瀾)じゃないよ」
トミーは肩をすくめただけだった

トミーと私はあるPMC(Private Military Company)で同じ部隊の同じチームだった
紛争地帯や戦闘続行中の地域での要人警護が主な任務だったが、敵対人物の暗殺、軍事施設の破壊など、オーダーはヘビーでタイトなものばかりだった
契約期間は3年。途中除隊は違約金(日本円で約800万円)を払うか、死ぬかだった
私が初契約の時、トミーは契約更新をしたばかりだった
戦場でしか生きられない人間がいる。トミーもそうだった
私達のチームは5人で編成されており、トミーは爆発物、爆薬のプロフェッショナル。
そしてドライバーも兼任していた
遠距離狙撃専門のライト。彼は余興で立ったままの姿勢で70m先の50セント硬貨をライフルでぶち抜いた。
測定員、無線、通信機器対応のシュン。彼の仕掛けた盗聴器は今でもあの砂しかない国から電波を発している
メディックのミッフィー。彼女は生まれつき口がきけなかった。外科医師として抜群の腕を持っていたが、悪い薬に手を出してしまいバッドトリップの最中、口を×印にナイフで切ってしまった。その縫い痕がある子供用キャラクターに似てるのでミッフィーと呼ばれていた。
私はナイフと消音機付き小火器を使っての、無音殺人(サイレント・キリング)を担当していた
対象に最も近づかなくてはいけない職で、部隊内でも数少ない職の一人だった
ミッションの後、ハイになって血濡れの顔でケラケラ笑う癖のせいでついたあだ名が「ファナティック」だった

3年の任期満了時、チーム全員が生き残っていたのは私達ともう1チームだけだった
私とミッフィーは契約更新をした。
お別れ会でもしようじゃないかと言う事で、砂漠の町のバーに繰り出した

ライトは、作家になり、ベストセラーをだし、年老いたママを楽にさせてやりたいといい、グラスを空けた
シュンは貯まったお金で、トーキョーのシンジュクに店を出す、と言ってフライドポテトを口に放り込んだ
一緒に残留を決めたミッフィーはグラスの水に指を浸し、カウンターに「ハイネ、守る」と書いた
トミーが除隊するというのは意外だった
他の3人が散々酔っぱらって机に突っ伏したあと、独りでカウンターに移りグラスを空けるトミーの隣に座った
私は世界中どこに行ってもペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。
水は怖い。グラスに注いだ水は清潔でも、氷が怖い。
酒の飲める他の4人も、必ず缶ビールかストレートで飲んでいた。

何も言わないトミーの隣で私はマルボロメンソールを吸った
イスラムの国でも治外法権のPMCじゃ何でも金次第だ
トミーが手酌でスコッチのボトルから1ショットだけ注ぐと、唐突に口を開いた
「すまない、ハイネ。俺はこの辺で降りる」
「うん。」
「国に嫁がいる」
「うん。」
「ガキができたそうなんだ」
「そうか。」
「そのガキが……その、まあ病気なんだ」
「トミー」
「ん?どうした」
「ドンパチしなくても、今からまた戦争だな」
「ああ。ああ、戦ってくるさ。」

そして3年の月日が流れた
ミッフィーはもう居場所をここに決めたようだった。次の更新をした。
私はあまりにも働きすぎて、面が割れてしまい、砂漠の戦士たちのリストに載ってしまった
部隊長は、更新を認めずそのまま除隊と言う形になった
最期に退職金と一緒に、電話番号だけが記された紙切れを渡された
電話番号を記憶し、隊長室の灰皿で紙切れを燃やした
部屋に戻ると私物を整理した。段ボール一箱に満たなかった
それを抱えて、砂漠の空の下ジッポオイルをぶちまけて火をつけた
煙が立ち上って夜空に消えていった
ザクッザクッと砂を踏む音で、後ろを振り返るとミッフィーが立っていた
6年間の思い出が灰になり、炎が最後の光の粒になるまで2人でそれを見ていた
愛用していたナイフを手渡し、さよならのキスを頬にした


明くる日は、PMCの職員がハンビーで空港まで送ってくれた
もちろんビザなどとっくに切れているので、軍用機で国外脱出するしかない
米正規軍の負傷兵士や遺体袋と一緒に乗るのは気持ちのいいものではなかった
C-130は何度か米施設に降り立ち、給油を繰り返し、最後は日本のオキナワに着陸した
強化アスファルトの滑走路は、砂のように沈み込まず違和感を覚えた
様々な書類の審査があり、ようやくゲートをくぐりフェンスの外に出た
温度はあの国よりずっと涼しいのに、湿度の高さで体中に粘っこい汗が噴き出た
即タクシーを呼び止め「ナハエアポート、ダラーオーケイ?」と言うと
「OKOK]と返事が返ってきて車は急発進した
日本のタクシーは不思議だ。ドアまで開けてくれる。
那覇空港に着き運転手は「円」でお釣りをくれた

ターミナルに入ると公衆電話を見つけさっきもらった「円」硬貨を適当に入れ
記憶しているナンバーをコールした。国際通話だと思っていたのに国内通話だったのにまず驚いた
6コール目で相手は出たが何もしゃべらない。ためしに
「ファナティック」
とつぶやくと、受話器の向こうから懐かしい声が聞こえた
「ボマー」
「トミー!日本にいるのか?」
「ああ、久しぶりだな。電話があったという事は除隊したのかい?」
「まあ……そんなところだ」
「シュン、覚えてるか?」
「ああ。」
「あいつ、トーキョーに店出すって言ってたろ」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「そのつてで、こっちに来て2年になる」
「そうだったのか」
「ガキと奥さんは?」
「……まあまあってところだ」
「そうか……。で、用件は何だ?電話番号残したのは、懐かしがるためじゃないだろ?」
しばらく間が開いた
「ハイネ、お前日本で働く気はないか?行く当てもないんだろう?」
「黒い仕事か?白い仕事か?」
「黒。」
知らず知らずにため息が出た
「嫌なのか?」
「いや、そうじゃない。引き受けるよ。だが、ここからどうすればいい?私には右も左もわからんぞ?」
「そうか、やるか。」
「ああ。」
「じゃあ、空港から動かずにそこら辺のベンチで寝てろ。すぐ案内を送る」
「は?」
「砂漠じゃどこでも寝てただろう」
「言いたい放題だな。トミー、お前がリーダーって事でいいんだな?」
「そこらへんはちょっと複雑なんだが……まあ信じてくれ」

そこまで言うと一方的に電話は切れた



(つづく)




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猫を殺(と)れ (2)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
ロビーのソファーやベンチで無防備に過ごす気にもなれず、壁際に腰を下ろし膝を立て腕を枕に目を閉じた。
ひっきりなしにアナウンスされる搭乗便の案内や人の行き来する音が、私を安堵の眠りに誘った。
静寂は恐怖だ。針の落ちる音一つ聞き逃すまいと余計に神経が研ぎ澄まされる。
ほんの一瞬寝ていたと感じただけなのに、ふと気が付き左手のタグ・ホイヤーを見るともう3時間も経っていた。
長時間の輸送機の荒い運転で疲れ切っていたのだろう。またうつらうつらと目を閉じた。
「お嬢さん、独りでこんな所に寝てると襲われちゃうよ?」
聞こえてきたその声に、身体が反射的に一挙動で立ち上がり腰に手をやった。
ナイフはなかった。
今は金属探知機に反応しないセラミックのナイフがあるとはいえ、世界的な情勢不安な状況で持ちまわるわけにはいかなかった。
相手を見据えた。シュンだった。しっかりと私のナイフの攻撃範囲から間合いを外して立っている。
ロビーの外での粘り気のある嫌な汗とは違う、冷たい汗が首筋を流れた。
「シュンか。驚かすな。」
「まあまあ、そう言わずに。これでも羽田から超特急で来たんだぜ?」
「そうか……で、後ろの奴は?」
「え?わかんない?ライトだよ、ライト。」
ブロンドの髪をを黒く染め、サングラスを外したライトの目はこげ茶色のコンタクトレンズが入っていた。
「ライトか。久しぶりだな。」
細身のライトは何も言わずニッコリ微笑んだ。
スナイパーはライフルを筋肉では支えない。骨で固定する。筋肉は脈動を銃に伝えてしまう。
「まあ、ライトはこういう変装しなくちゃいけないが、ハイネはそのまんまでいいな。」
私はうなずいた。シュンはれっきとした日本人なので何もする必要がない。

「これ、旦那からだ。トイレで開けてきなよ」
トミーはいつ頃からか「旦那」と呼ばれるようになっていた。
A4サイズの茶封筒を受け取ると、私はトイレに向かい個室に入った。
天井を見る。火災報知器、煙探知機だけで防犯カメラは入り口にあっただけだった。
茶封筒を手で破くと、日本国籍のパスポート、免許証、携帯電話、現金が30万円入っていた。
パスポートと免許証の名義は「村崎 灰音」となっていた。
日本語でなんと発音するのかは分からなかったが、漢字は読めた。
携帯電話の電源を入れて、メモリーを調べた。一件だけ登録してあった。おそらくトミーのものだろう。
電源を切るとズボンの腰ポケットに押し込んだ。逆のポケットにパスポートと免許証を入れ、現金は15万ずつ折りたたんで前のポケットにいれ、長袖Tシャツの裾を出して、ズボンのふくらみを隠した。

個室から出ると、洗面台の前に立ち鏡を見た。汗が浮いている。顔を洗おうと思ったが蛇口をひねる水栓弁がない。
困惑しながら蛇口を触っていると突然水が出た。驚いて手を離すと、一定の時間で水は止まった。
もう一度手をかざす。また水が出た。どうやらセンサー式になっているらしい。
顔を洗い、額にかかった前髪を水でオールバックになでつけた。
鏡を見た。なんという豊かな国だろう。私の国では新生児の3人に2人が餓死していく。
中近東では「ジャパニーズ」で通ったが、この国の人間たちは見分けがつくのだろうか。
朝鮮民主主義人民共和国朝鮮陸軍特殊部隊所属革命戦士「李 恩宙(이 은주)」、俗にいうコマンドー。
常に南朝鮮との国境線38度ラインを跨ぐMDZを隠密行動し、南への侵入ルートを思索する部隊に配置されていた。
その体技と近接戦闘能力を買われ、軍名誉勲章をもらい二階級特進し、上級兵士となって凱旋帰郷した時だった。
保障されているはずの人民軍兵士家族への特別栄養補給物資(卵、牛乳など)の配給はなく、母は木の根を齧りながら死に、父は反乱した川の治水作業中に事故死したと近隣の葬儀を上げてくれた人々に教えられ、家には屋根もなく壁だけが残っていた。

2回の夜を膝を抱えて泣いた。3日目の朝、私は決断した。
黒竜江の凍ってない今なら、警備も浅い。中国に渡ろう。
もう二度とは帰れない故郷を後にして、何の感慨もわかなかった。裏切りの国。
コマンドーの教育訓練課程で、英語、日本語は南朝鮮語に次ぐ必須科目だった。
北と南ではアクセントも発音も微妙に違う。南の人間は敏感に察知してしまう。
とりあえずは食べる事だった。だが中国語ができなかった。
訓練された人間は水と塩があれば2~3週間は生きながらえれる。
着てきたものは軍服だけだった。夜を待ち服の襟章や腕章、ニッコリ笑ってるパーマで小太り親父のバッチとその他朝鮮を示すものを全て剥ぎ取り、制帽と一緒に山林の土中に埋めた。

やがて一週間ほどしたとき運が向いてきた
ゴミクズのような新聞紙を広げて見てみると、漢字なのでよく読めなかったのだが(北朝鮮では漢字は廃止されている)チベット自治区、ウイグル自治区で妙な火種が燃え上がり始めているらしい。
だが、地域は北京を挟んで真反対だ。とりあえずは北京だ。
ヒッチハイクを繰り返し、ようやく北京郊外にたどり着いたのは5日目だった。
もう精神的にも体力的にも限界が近づいていた。
高層マンションからこぼれる光を見ながら、もうへたり込む元気もなく、その場で寝転んで目を閉じていた。
何かで突かれた。無視した。また突いてきた。
クソっとおもい反射的に身体を起した。老人だった。

「なんじゃ、まだ生きておったか」
「なにっ!」
「これ、そんなに殺気が溢れだしておったらすぐ脱北者とばれるぞ。はっはっは」
そう言いながら私をつついていた杖を引っ込めるのを見るのと同時に、老人が北朝鮮の言葉をしゃべっているのに驚愕した。
立ったままの姿勢からノーモーションで老人の眼球を狙って貫手を放った。
鼻の位置まで手が届く前に指と指の間に杖を入れられ、右手に激痛が走った。
「チッ」
右手はそのまま杖を握りしめ、左手の手刀で今度は喉を狙った。
老人はその場から1ステップもすることなく右手で私の左手首を押さえた。びくともしない。
最後の手段、右足を老人の股間めがけて振り上げたが、目に捉えきれないスピードで両膝を閉じブロックされ、右足の甲に痛みだけが残った。
完敗だった。

「なかなか良く動くのう。じゃ、次はこのオイボレの番かの」

そう言うが早いか、突然視界から老人が消えた。次の瞬間、両膝の裏に痛みが走りガクリと地面に膝をついた。
追撃は止まなかった。振り返ろうとしたとき首の裏にものすごい衝撃が走り、そのまま気を失った




(つづく)



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猫を殺(と)れ (3)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
次に気が付いたのはベッドの上だった。
何かおいしそうな匂いがして起きた自分が情けなかった。
首の後ろに鈍痛がしたが、何とか立ち上がることができた。
はっと気がつくと、人民軍服はピンクのパジャマに変わっていた。
こんな軟弱なもの……、そう思い着替えようとしたがどこを見ても見当たらない。

気恥ずかしくも、空腹には勝てなかった。もう2週間以上食べてない。
匂いのする方に歩いて行った。昨夜の老人が何かを調理してた。

「起きたかね?」
こっちを振り向きもせず気配だけを感じ取って声をかけてきた。
「何故私を助けた?私の服はどこだ?」
「まあまあ、もうすぐ支度ができるからテーブルに座っていなさい、はっはっは」
背後からチョーキングで首をへし折り殺そうかと思ったが、昨夜の事を思い出し、やめた。
おとなしくテーブルについて待っていると、土鍋で炊いた「白米」のお粥と小皿にたくさんの薬味を乗せた食卓が整えられた。
「さあ、食べよう」
老人は自分で小鉢に粥を盛り付け、薬味を振りかけた。
「どうした?食べんのかね?心配しなくても毒などは盛っとらんよ。殺す気なら昨日殺っとるわい」
また昨日の失態を思い出し、うつむいた。
「いいから、食べなさい。もうだいぶ食っておらんだろう」
「……はい。」
白米しかはいっていない粥など初めて食べた気がする。うまかった。
胃袋に染みわたって、活力がわいてくるようだった。
そうすると、心に余裕が生まれた。
「ご老人、ゆうべのアレが功夫(クンフー)と言う奴ですか?」
「急に敬語だのう、はっはっは。それにしても早速、武術談義かね?若いってのはいいことだのう、はっはっは」
「いえ……すみません。」
「まあ、助けられた礼ぐらいはするもんじゃの。ここは儒教の国だからの。」
他人に礼をすることを忘れるほどの生活だったのかと、改めて思った。
「ま、ええよ。食事が終わったらお茶でも飲みながら話をしよう。」
「はい……。」
食事がすみ、今度は食器を下げるのを手伝った。
やがて老人がお茶を持ってきた。
何度も湯呑に注ぎ、また戻し、適度な所で湯呑に満たしたお茶を私に差し出した。
「うん。昨日使ったのは八極拳という武術の一つだよ。」
「はい……。」
「気を練るといった長い修行の末得られる他の中国拳法とは若干違ってね。何度も何度も基本動作を繰り返し体に覚え込ませる。」
「肉体的な鍛錬、ですか」
「だから職業殺手(プロの殺し屋)はマスターしてる人も多いね」
老人は一口茶をすするとまた口を開いた。
「君は第二次世界大戦って知ってるかね」
「はい。」
「うん。その時このオイボレは、満州で生まれ、中国に渡り拳法の修業を積んでたが、俸給目当てに日本に出稼ぎに行ったんだ」
「はあ。」
「戦後、日本人の妻を娶って男の子が生まれた。妻と子供は日本に帰化したが、私は離婚し帰国事業で韓国に戻り、そこからまた中国で暮らし帰化したというわけだ」
「なんだか……波乱万丈と言いますか……。」

また老人はズズっとお茶を飲んだ
「一子相伝と言う言葉を知っているかね?」
「ああ、はい。なんとなくは。」
「武術を学んだものとっては、脈々と受け継いでいけない絶対の教えなのだよ」
「宗家からの血脈が途絶えるという事ですか?」
「まあそうとも言えるが、自分の得た知識を誰かに残したいというだけかも知れんの、はっはっは」
「では、あなたも息子さんに?」
「バッチリじゃよ。3歳のころから英才教育じゃ」
「おそらく孫も父親の影響で、ワシには及ばずとも頑張って修行してるだろうな」
「そうですか……」
「ところでお嬢ちゃんの名前を聞いてなかったな?何と言うんじゃ?」
しばらく考えて答えた
「ハイネと名乗ることにします。」
「そうかそうか。ハイネか。いい響きじゃの。ワシの名はイルカ。代々このイルカ姓を名乗ることになっておるが、もしお前さんがイルカとう人物にあったら、逃げろ。とにかく逃げたほうがいいじゃろうな」

さっきまで暖かったお茶が急に冷たくなったように感じた。

「勝てませんか?」
「まあ、十中八九勝てんじゃろうな」
「……」
「昨夜何故こんな年寄りに負けたと思うかの?」
「……いえ、さっぱりです」
「お嬢さん、いやハイネかの。ハイネの攻撃は申し分なかった。眼球、喉、股間、どこも鍛えられん急所ばかりを正確に、申し分ないスピードと威力で攻撃してきた」
「では、なぜご老人には躱せたのですか?」
「そうじゃのう……人民軍には何年いたのかの?」
「16歳から23歳までの8年程ですが……」
「うむ。しいて言えば教科書通りなのじゃよ」
また私は、うつむいて黙り込んでしまった。
確かに軍事教官の言うとおりの「型」を日々鍛錬し、模擬実戦でもいい成績を残した。
それが本来の実戦では、逆にあだとなったのか……。

「どれ、お茶が冷めた様じゃの。入れ直すとするかの。」
そう言って老人は急須を持って立ち上がり、台所に向かった。

(つづく)



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猫を殺(と)れ(4)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
何故だ、何故だ、煩悶しているうちに老人が急須に新しい茶葉と湯をいれてテーブルに戻ってきた。

「まあ、つまらんことを聞く様じゃが、ハイネはこれからどうやって生きていくつもりかの?」
「はい。自分、いえ私には殺人技術しかないので、それを生かそうかと……。」
「ふむ……。難儀な生き方よのう」
さっきと同じように老人は急須から湯呑に茶を注ぎ、また戻し、適度な色と味が出るまでそれを繰り返すと、私の前に差し出した。
「じゃが、今のままでは仕事にありついたところで、すぐ命を落とすぞい」
「?」
「殺気が服を着て歩いているようなもんじゃわい」
何も言い返す言葉がなかった。
思い切って尋ねた。
「どうすれば、強くなれますか?」
「はて。今のままのお前さんのような殺手を雇ってくれるところがあるかのう。」
「……私に功夫を教えてください……。」
テーブルに頭をこすり付ける勢いで頭を下げた。
「礼が足らんの。お前さんの国では人に物を頼むときテーブルで頭を下げるのかの?」
はっと気が付き、椅子から飛び降りると床に正座し、膝の前の床に両手の親指と人差し指で三角形を作ると、そこに鼻をうずめるように頭を下げた。
視線は床を見ているだけだったが、何やらガサゴソと音がするとマッチを擦る音が聞こえ、ふうっという吐息と共に煙草の匂いがした。
長く続いた沈黙を破るように老人が口を開いた。
「わしのは功夫(クンフー)ではない。あれは何十年と鍛錬を積んで身に付くかどうかのものだ。」
口調まで変わっている。
「ましてや自己鍛錬などという生易しいものではない。お前は若い。さっきも言った通り、基礎的な技やスピード、威力はもう既に備わっている。」
「……」
「だが実戦での『殺し合い』に何が大切な事なのかわかるか?」
「……いえ、皆目見当がつきません。そこを学ばさせて頂きたいのです」

また部屋の中が沈黙と煙草の匂いに満たされた。
昨夜打たれた膝の裏に痛みが走る。
もったいつけやがって。こっちは礼を尽くしてるんだ。早く答えを教えやがれ。

「ほれ、また殺気が漏れ出してきておる。」
「……」
「わしは弟子はとらん主義だが、1年。1年なら小間使いとしてお前をつかってやろう」
がばっと顔を上げた。にこやかな老人の笑顔が浮かんでいた
「ありがとうございます」
再び頭を下げた。
「もういいぞい。テーブルに座って茶でも飲むがええ」
口調が元に戻っていた。
「はい。」
「敬語も使わんでええ。わしはお前さんの事をハイネと呼ぶが、ハイネはわしの弟子ではないので師父とも呼ばんでええ。今ではイルカの名も孫の代に譲った。ジジィとでもよべばよかろうて。はっはっは。」
そう言われても躊躇した。
困り果てながらも、ボソっと
「おい、ジジィ。」
と聞こえるか聞こえないかぐらいの声でいってみた
「なんじゃ、ハイネ。声が小さいぞ」
「おい、ジジィ!」
「なんじゃハイネ!」
照れくさかった。
「私は料理と言うものをしたことがない。あと、このパジャマは何とかならんのか?」
「アホウ。料理はわしの趣味じゃ。このあたりのどこの店に入っても厨房に立っとるのは男じゃ。食事は全部わしが作るわい。それとな、お前の来てた北の軍服は洗うたら全部グズグズになって溶けてしもうたわ。なんちゅう素材と縫製じゃ。ちっとこっちへ来い!」
先々と歩くジジィのあとを急いでついていくと、わたしが今朝まで寝ていたベッドルームだった。
寝ぼけていたのと体の痛みで気付かなかったのだが、見事な作り付けの整理ダンスが壁際にあった。
「ほれ、開けてみい。」
恐る恐る開けてみると、女性物の衣装がぎゅうぎゅうに押し込んであった。
職業殺手として相当稼いでいたのであろう。
「いや、息子の嫁に送ろうと思っていたんじゃが、嫁の奴『中国製』は要らんとぬかしおった。」
そう言いながら一番下の引き出しを開けると、白、赤、黒の艶も鮮やかな下着類が詰まっていた。
ジジィは一枚のパンティを取り出すと両手でピロンと広げ
「ほれ、これなんかシルクじゃぞ、シ・ル・ク!」
「エロジジィ!」
悪態をついてジジィからパンティをひったくると綺麗に丸めて仕舞うと引き出しを閉めた。
「ほう。一応恥じらいもあるか。いい傾向じゃ。好きなのを着るがええ。」
はぁ……。深いため息をついてベッドに腰掛けた。
「まあ、昨日の今日じゃ。北からの道中の疲れもあるだろうて。夕飯には起こすが、昼飯は喰いたくなかったら寝てていいからの。」
ジジィはそう言い残すと、ベッドルームの扉を閉めて出て行った。
ベッドに体を横たえ、私の弱さ……ジジィの強さ、ぼんやり考えているうちに眠りについた


(つづく)


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猫を殺(と)れ(5)

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テーマ : ひとりごと
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その日の夕食は八宝菜だった。初めて食べるそのドロっとした見た目は食欲をそそるものではなかった。
だが、一口食べてあまりの食材の新鮮さと味付けに驚いた。
特に青梗菜(チンゲンサイ)のシャクシャクとした食感は私を虜にさせた。
肉は鶏肉だったので食べれた。豚肉は体が受け付けなかった。
とても祖国で一般市民が食べられる料理ではなかった。

食事が終わり、私は食器を洗い、ジジィは茶の為の湯を沸かし始めた。
二人がもう一度食卓に着き、いつもの茶の儀式が始まりジジィが口を開いた。
「ハイネ、夜の勉強でもするかいの?」
「ああ。」
「同じレベルの技量をもつ殺手が殺し合いをするとき、何が命の天秤を左右すると思う?」
「ジジィが昼間話していた、殺気を隠す事か?」
「そうだの。だがそれは目標に近づくための1手段にすぎんわな。雑踏の中で目標に感づかれずに近づく基礎的な技術に過ぎん。」
「対峙したときはどうすればいい?」
「『技』に頼ってはイカンのじゃよ。戦いにおいて一番大切な事は『相手の攻撃ポイントを見切る』ことじゃ」
「?」
「次にこの間合いで攻撃が来る、と分かっていれば、防いで反撃に出ることは簡単じゃろう?」
「まあ、理屈ではその通りだな」
「あとは勝てぬ戦いからは逃げる事じゃな、はっはっは」

次の日から家事の合間を縫ってのトレーニングが始まった。
早朝から朝食まではジジィとの真剣勝負。
ジジィの縦横無尽な奔放ともいえる攻撃を見切り躱す訓練。今くる、と思った時にはもう攻撃を受けていた。
昼からは独りで山に登り、野犬や野良猫を捉える訓練。野生の獣は殺気に敏感だ。
衰え始めていた基礎体力を取り戻すのにも役に立った。
夕食後は、ジジィの座学を聞きながら、暗器の制作と使用法の訓練。ピアノ線を寄りあわせ2mmほどの直径に編み混み、長さを60cm程度に整え両方の端に輪っかを作りゴムで補強する。
相手の背後に回り込み首に巻きつけ、背負い、4~5回揺すると絶命するらしい

そんな日々が7か月ほど続いたある日、朝の訓練中に突然神経が逆立った。
(来る!)
一気に体を沈め、左足を軸に右足を地面と水平に薙ぎ払った。
ジジィはもんどりうって倒れ込んだ。
一瞬驚いていたジジィだが、何事もなかったように平静を装い、服の埃を払った
「どうやら、相手の攻撃ポイントを見切ることはしたようじゃな?」
「い、今の感覚がそうなのか?」
「ああ、だが会得と体得は違う。まだ精進する必要がありそうだの」
「はい。」
「ところで、昼間の山登りはどうかの?」
「ああ、最初は散々だったが、今は見知らぬ野犬も自然によってくる」
「ふむ。ちょっと服を脱いで見せてみろ」
すこし躊躇ったが、上官の前で裸を見せる事には北で慣れている。
上着とズボンを脱ぎ捨て、下着に手を賭けようとした時
「いや、そこまででいい」
とジジィの静止がかかった。
ふむふむ、といいながら私の体を調べている
朝の訓練で打ち身だらけの私の体は、赤、黄、紫のあざだらけで
昼の山岳修行でも、野犬に噛みつかれた傷やひっかき傷でボロボロだった

「よし、今日から2週間、訓練は小休止にしようかの。街でよく効く薬草と薬を買ってくる。ハイネは静養だ。言いつけは守るんじゃぞ」
そう言い残し、ジジィは家の中に戻っていった。
今日、やっと勝てる糸口を見つけたのに歯がゆい思いでいっぱいだった。
だが私が師父と思い教えを乞うてる以上、命令は絶対だ。
自分の部屋に戻り、ベッドに体を横たえた。
ノックの音と
「ハイネ、入るがいいかのう」
と言う声が聞こえた。
「どうぞ。」
答えるとジジィが片手に油壺を持って入ってきた。
「わしはドアの方を向いておるから、服を全部脱いでうつ伏せになってくれんかのう」
服を脱ぎ、ブラジャーをはずし、パンティだけは履いてうつ伏せになった。
「準備できたよ、ジジィ」
照れ隠しに幾分乱暴に声をかけた。
ジジィは何も言わずベッドに腰掛けると冷たい油を肩口から背中にかけて注ぐと、垂れないようにすぐに両手でマッサージをはじめた。
始めは緊張して強張っていた体が、だんだんととろけるようにリラックスしていくのが分かった
マッサージの指が足の指まで行ったとき、私は記憶が無くなった。
師父の手のひらと指はとてつもなく柔らかく暖かかった。




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猫を殺(と)れ(6)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
「街へでてみるかの?」
ジジィがそう言ったのは、9ヶ月目の事だった。
「え?だって私は北京語話せないよ。」
ジジィはこっちを見据えた。
「話す必要はない。仕事じゃよ。ジジィはここの所お前さんにやられっぱなしで腰が痛くての」
そういえば、朝の練習の時間も6割はジジィを倒すことができたし、調理中のジジィの頭を後ろからこっそり「おたま」で小突くことができるようになっていた。以前では考えられなかったことだ。
「……そんなに、悪いのか?」
「まあの。」
「気づかなかった……すまなかった……。」
「いや、ハイネが謝る事じゃない。それだけお前さんが柔軟さを身に着け、強くなったってことかのう」
そう言うと、テーブルの上に細身の刀身まで黒く塗られたナイフをそっと置いた。
「目標の近くまではわしがついていき、指定するからの。行くまでの地理は暗記して、帰りは一人で帰って来る事。ええかのう?」
「はい。」
いつのまにか、また敬語に戻っていた。
「んじゃ、行くかのう。」
あまりにも唐突だった。
近所に買い物にでも行くようにフラリと立ち上がり玄関に向かうジジィを見て、慌ててテーブルの上のナイフを逆に握り刃先を袖に隠すと急いで追いかけた。
何度も路地を曲がり、曲がり角のたびに目印になる物を記憶するのに必死だった。
小一時間ほど歩いたところで、広い公園のような所に出た。
平日と言うのに結構な人がいて、季節になれば見事な花を咲かすであろう藤棚の下では老人たちが小鳥の啼かしあいをしたり、毛並みの品評会をしていた。ベンチで碁盤を広げて碁に興じる人たち。ギャラリー。煉瓦張りの地面では子供たちがサッカーに興じていた。平和な光景だった。
木陰ではカップルが仲睦まじく会話をしているようだった。
だが公園内は2人1組の公安警察官が制服をきちっときこなして巡回していた。
「さて、どれが目標か分かるかいの?」
さっぱりわからなかった。それよりもこの平和な光景が信じがたかった。
祖国にも公園はあるが、党に貢献度の高い「上級市民」が対外観光用に平和を演じているだけだった。
「あの、木陰のカップルがいるのがみえるかのう、あまりじっと見るなよ。」
「はい。」
「あの二人が目標じゃよ。」
「え?二人共ですか?」
「そうじゃ。この国に亡命した、さる要人に向けてハイネの国から派遣されたヒットマンじゃよ。」
「……。」
「同胞を殺すのは気が引けるかのう?」
「……。いえ、祖国は捨てました。」
「そうか。じゃあ頼んだからの。わしは先に帰るからの。まあ、頑張ってみるがええ。」
そう言うが早いか、ジジィはさっさとその場を離れた。何が腰が悪いだ。平気じゃないか。

心の中で悪態をつきながらも、プランを練った。
公衆の面前、公安の見回り、相手は腕っこきのヒットマン。不利な状況だらけだ。
とりあえず碁を繰り広げているベンチにギャラリーのふりをして、公安が公園を一周する時間を測った。
時計は持っていないが、感覚的に約20分。男が先か女が先か。女は悲鳴を上げる可能性が高い。
体力的にも男との戦いが長丁場になる可能性が高い。女を先に殺ることにした。
しかしどうやって近づく?さっきちらっと見た記憶では木陰の後ろは植込みがあって、背後から近づけば確実に物音がする。
その時、ボンッと足に衝撃が走った。振り返ると、子供たちの遊んでいたサッカーボールだった。
これだ、と思った。
にっこり子供たちに笑いかけると、ボールを返さずにドリブルしながら子供たちの方に歩み寄った。
北でも少ない休憩の時間に仲間たちとよく、有り合わせの布で作ったボールの蹴り合いをしたものだ。
何を言っているのかはさっぱりわからなかったが、キャッキャという笑い声と喜びは伝わってきた。
一生懸命にボールを奪い返そうとする子供たちから、身体をひねり、足を巧みに使いかわしていく。
公安警察官がニコニコ笑いながら、私の真後ろを通り過ぎた。
もう少し。さすがに元気な子供達相手では息が上がり始めた。額に汗が浮いた。
そろそろか?一瞬視線を上げ公安警察官の位置を確認する。ちょうどカップルの位置から20mほど離れたところだった。
思いきりボールをカップルに向け蹴り転がした。蹴り飛ばした場合、受け止めて投げ返される恐れがあった。
ボールと一定距離を保ちながら走った。逆手に握ったナイフを握りしめた。
カップルが目前に迫った。木陰に入った。運よく女の方が先にボールを拾い上げようとうつむいた。
躊躇なく丸見えになった首の後ろの「ぼんのくぼ」という急所にナイフを突き立てた。
女は何が起こったかもわからないまま絶命した。そのままナイフを引き抜き額を押さえ仰向けに倒した。
出血は植込みのしたの芝生が吸収してくれるだろう。煉瓦張りの地面に血が流れるのは良くない。
さすがに男は瞬時に状況を把握したようだった。スーツの内側に手を突っ込むのが見えた。
拳銃かナイフか、どちらでもよかった。
体中のバネを利用して一足飛びにゼロ距離に近づいた。
ナイフを使う場合、突くのは相手が動かないか、こちらの気配に気づいてない時だけだ。
それ以外の時は斬る。
逆手に持ったナイフを持ち替える暇もなく、まだスーツの中に突っ込んだままの男のひじ関節を押さえ、首を真横に薙いだ。
噴き出す返り血を浴びないために、おとこの右半身に体を密着させ、顔をそむけた。
喉を切り裂いても、即死には至らない事がままある。ナイフを今度は順手に持ち替え心臓に刃の根元まで突き刺した。
そのままの体勢でじっとしていると、ようやく男の脈動と呼吸音が消えた。
男を抱きかかえ、後ろの植え込みまで引きずり、転がしてナイフを引き抜いた。血は心臓が止まっているためか噴き出すことはなかった。
子供たちに感づかれないように、女の手元にあったボールを子供たちの方に蹴り返した
背後から女の両脇に腕をいれズルズルと男を隠した植込みまで運び込んだ。
念のため、女の上着の汚れていない部分で顔を拭いた。血は浴びていないようだった。

状況は終了した。長居は無用だ。植込みを飛び越えると、公園の外周を一周して、記憶している限りの曲がり角を曲がり、老人の家に向かった。
本当は駆け出して、早く現場を立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
心臓の鼓動が今になって激しくなった。

だが、途中で妙な違和感を覚えた。視線。付けられている?
故意に歩くスピードを落としてみる。途中で立ち止まってみる。
背後からの気配と視線は、一定距離を保ち続けた。
殺るにしてもここでは目立ちすぎる。捲くにも地理が分からない。
老人の稽古場を思い出した。あそこなら塀に囲まれている。
そこに決めた。とりあえず何も気づかないふりをして、殺気を殺すことに専念した。

(つづく)






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猫を殺(と)れ(7)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
ジジィには悪かったが、命には代えられない。
自分の領域で戦うのが最善と思われた。
ジジィに拾われた高層マンション群を抜け、「我が家」にたどり着いた。視線は相変わらず一定距離を置いて追従してくる。
家の裏の稽古場に入ると、息を殺し殺気をなるだけ抑え込み塀にぴたりと身を寄せた。
地面の表面の土を一握りナイフにふりかけ血糊と脂を取るように軽くこすりあわせ、ズボンの太腿でふき取った。
猫のように身を丸め、いつでも飛びかかれるように身構えた。
気配はどんどん近づいてきたが、塀の前でぴたりと足音すら消えた。
何分経っただろう。しゃがんだ足が、さっきの「仕事」で緊張したままなのか震えてきた。

「そこにいるアナタ、ハイネさんですね?私は怪しいものではありません。警戒を解いてください」
綺麗な発音の英語だった。私にわかるようにゆっくりと喋ってくれている。
祖国では皮肉なことに敵性国家の言語の習得が義務化されている。英語、日本語、南朝鮮語。
返事するべきか。罠か。しかし私の名前まで知っている。私の殺しの現場を見て、さらにそこからずっと追尾してきて、土塀一つ向こうの私を察知している。相当の手練れだ。
正面からやりあって勝てるかどうか。思案の末、賭けてみることにした。
「私は警戒を解かない。だがお前が両手を高く頭上にあげ、無防備を証明しゆっくりとこちらに入って来るなら、むやみに攻撃はしない。」
「約束してくれますか?あまり格闘は得意じゃないもので。」
「ああ。」

その返事と共に稽古場に姿を現したのは、小柄な男性だったが仕立てのよさそうなダークスーツを着ていた
「はじめまして、ハイネさん。すごいお手並みでしたね。両手は下ろしても?」
「おべっかはいい。手は上げたままでいろ」
その男の背後に回り、左手に持ち替えたナイフを男の右耳穴に2mmほど触れさせた。
普通の男ならそれだけで、恐怖のあまり微動だに出来なくなる。
その男も全身が強張った。
右手で手首から肩まで、両脇から腰、そして足首から股間までまんべんなくボディーチェックをした
違和感があった。
「おまえ、あるべきものがないぞ?」
「ふふふ、わかっちゃいました?私、戸籍上は女なんです」
聞こえてきたのは確かに女性の声だった。何が何やらわからなくなった。
「何か怪しいものがありましたか?」
今度は男の声だった。声さえも自由に操れるのか……。驚愕しながらも耳にあてがったナイフを離した
「手を下した途端、袖から銃が飛び出してズドンなんて嫌だからな」
「まさか。」
そう言って笑う顔は美人にも見えたし、美男子にも見えた。頭がおかしくなりそうだった。
「で、用事があるのは私か?ジジィか?」
ナイフは握ったまま尋ねた
「ジジィってイルカさん?」
「ああ。」
「両方だね。それよりここは目につきやすい。家に入れてくれるとたすかるんですが。」
それも一案。2対1ならこの手練れを始末することもたやすいだろう。
私やジジィの名前を知っていることに不安は隠せなかった。だがここまで来て引き返せようもなかった。
男を先に立たせてスーツの上から腎臓の位置にナイフをあてがい、扉を乱暴に叩いた
「おい!ジジィ!今帰ったが『荷物』付きだ。開けてくれ」
朝鮮語で呼びかけた。
ガタゴトと錠前を外す音が聞こえると扉が開いた。
ジジィは目の前に立つ男を見ると
「綺麗な女性じゃのう?どなたかいの?」
一発で女性と見抜いたジジィに驚いた。
「イルカさんですね?私はPMC『アヴァロン』のシュンと申します」
「おお……あなたがアヴァロンの……まあ中に入ってくだされ」
「ハイネもそのナイフはしまっていいぞ。この方は味方じゃ」
そう言い残すとさっさとシュンを食卓へ案内を始めた。

ちぇっ、折角初めての仕事が成功したって言うのに、褒めてもくれないのかよ
心の中で悪態をつきながら食卓へと向かった

(つづく)



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猫を殺(と)れ (8)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
「さっ、ここへおかけください」
ジジィはいつもは自分の座る椅子を引き、シュンを座らせた。
「今、お茶を用意したしますので……」
そういうとガステーブルの方に向かって歩いて行った。私はシュンの斜め前の椅子を引き、座った。
ジジィの妙に卑屈な態度も気に入らなかったし、シュンの得体の知れなさも気に入らなかった。
テーブルに置きっぱなしだった台拭きでナイフに付いた血と脂と土をこれ見よがしにふき取り、片手で弄んだ。
シュンは一瞬視線を向けただけで、また視線をそらして部屋をキョロキョロと観察した。
それがまた気に入らなかった。ドカッと食卓にナイフを突き立てた。
「そんなことすると、大切な武器が刃こぼれしちゃいますよ。道具は大事に扱わなきゃ」
食卓に垂直に立ったナイフを見ながらシュンがつぶやいた。切れた。ガタっと椅子を引き飛びかかろうとした時ジジィの声が響いた。
「こりゃっ!ハイネッ!大事なお客様に何ちゅう態度じゃ!座れっ!」
シュンへの怒りと、ジジィの叱責にどうにも気持ちのやり場がなく、シュンを睨みつけたまま立っている事しかできなかった。
「ええから、すわりなさい、ハイネ。」
盆に湯呑を3つ乗せたジジィが今度は優しく言った。
「……はい。」
シュン、私、自分の順に湯呑をおき、ジジィは私の隣に座った。シュンの湯飲みだけは受け皿と蓋つきの上等なものだった。
ジジィは盆を片手に持ったままだった。
シュンは湯呑を一瞥すると、半分だけ蓋を開けおもむろに人差し指を茶に浸し、指に付いた滴で机に三角形のマークを描くと、今度は蓋を受け皿に微妙な角度で斜めに置いた。茶には手を伸ばそうとしない。
じっとそれを見ていたジジィはようやく盆を食卓の上に置き、盆の裏に忍ばせていたらしい大柄のナイフを盆の上に置いた。警戒は解いてなかったのだ。さすがジジィ。そう思った。
「そのサインであなたをアヴァロンの正式なエージェントと確認させてもらいました、シュンさん」
これまた流暢な英語だった。喋れたのか。どこまでも謎の多い老人だった。
「全く……師弟揃って物騒ですね。」
シュンが湯呑に蓋をした。
「ははは、警戒するに越したことはないですじゃ。その茶も今、入れ替えてきます。」
ジジィが席を立ってシュンの湯飲みを盆に乗せると、また台所に向かった。……毒入りだったのか。
まさか私のにも……と思い恐る恐る湯呑を覗き込んだ。
「ふふ、ハイネさんのには入ってないですよ。たぶん。」
シュンがにこやかに笑った。こういう顔も出来るのか、そう思った。

ジジィが新しい湯呑に茶を入れてシュンに差し出すと、また私の隣に座った。
「で、どうでしたかいの?こやつの仕事っぷりは。」
おもむろにシュンに話しかけた。シュンはまだ熱い茶をズズっと一口飲むと口を開いた
「そうですね……公安警察の巡回を上手く避けて、少年たちのサッカーボールでターゲットに接近、殺害。殺しっぷりは100点です。ただ退路が悪かった。来た時と同じ道を何かに追われるように早足で帰りましたね。あれではいつ職務質問されてもおかしくない。また、僕の気配を察知していたにも関わらず、自分のアジトであるこの場所に引き込んだ。……総合点で60点、と言うところでしょう」
その言葉に顔が真っ赤になった。何か言い返そうにも全て言い訳に聞こえそうだった。
フォローを入れてくれたのはジジィだった。
「こ奴は、ここにきて9ヶ月この家の敷地から出たことがなかったんじゃよ。漢字もさっぱり読めんし、教えもしなかった。地図も読めんのじゃ。そして何より『仕事』の事は今朝話し、現場にもわしが連れて行った。迷わず帰ってこれた方が不思議と思うんじゃがのう。」
シュンが目を剥いた。
「何ですって!全く?何の準備期間も与えず、見知らぬ土地の見知らぬ現場に放り出して『仕事』をさせたのですか?」
「うむ。全くその通りじゃよ。」
シュンはしばらく食卓に肘をついて頭を抱えていた。何かを必死で計算しているようだった。
やがておもむろに顔を上げると私を見て口を開いた
「殺しの経験は?今まで殺した人間の数は?」
「国に居る時、訓練で死刑囚を1人殺した。本格的な仕事?って言うのは今日が初めてだから、合わせて3人かな。」
「ありえない……ハイネ、と呼んでいいか?ハイネの国じゃあ、暗殺者を大量に他国に送り込んでいるんじゃあないのか?」
「ああ、ハイネでいいよ、シュン。それは間違った認識だな。確かに外国に『赴任』する奴らは居るが、その国に浸透して情報収集やスパイ行為をして本国に連絡するだけだ。まあ朝鮮有事の際は内部攪乱に奔走するだろうが、ヒットマンになるようなコマンドーはほんの一握りで、一定の国に定住しない」
「それじゃあ、君の国じゃあ一般の兵士が君と同レベルなのか?」
「いや、そういうわけでもない。兵役だし、食う為に仕方なくやってる連中もいるしな。皆本音じゃあ銃より鍬でも振って畑を耕し、豊かに暮らしたいさ。私は戦闘が好きなだけ。戦技訓練だけが生きがいで、昇進して家族に楽をさせてやりたかった。それだけだよ。」
「そうか……だがどうやって初めての道を間違えもせず、ここまで帰ってこれた?」
「質問ばっかりだな。」
「これが仕事なんでね。」
「曲がり角で特徴になる看板や、店の名前を見つけて覚える。あとは右右左右左真っ直ぐ、って記憶するだけさ。簡単だろ?あとは感覚かな?帰巣本能ってやつかもな」
「まいったな……。」
シュンは額に手を当てて考え込んでいる。ジジィが立ち上がって窓に歩み寄るとガラスを持ち上げ空気を入れ替えながら煙草を吸った。

窓から煙草を投げ捨てたジジィが改めてシュンを見た。全くマナーの悪いジジィだ。掃除するのは私なのに。
「で、どうかのう?」
「参りましたね、イルカさん。私の一存では点数がつけようがない」
「それも困ったのう……」
「電話を借りても構いませんか?」
「それはええが、国際電話ならまず盗聴されると思うて間違いないがのう」
「ああ、それは大丈夫です。『アヒル』の取引の話ですから」
「ほほ。そうかそうか。アヒルか。ここを出て廊下の突き当たりじゃ」
「お借りします。」
そう言うとシュンはさっと立ち上がり、ドアの向こうに消えた

シュンの気配が消えたのを見計らってジジィに喋りかけた
「……なあ、ジジィ」
「なんじゃ?」
「いったい何がどうなってるんだ?」
「そうじゃのう……お前もいつまでもここに居るわけにもいくまいよ?」
「え?」
「あのシュンという人は仲買人じゃよ。お前の値段を決めに来たんじゃ」
「ちょ、ちょっと待てよ。聞いてないぞそんな事。」
「当たり前じゃ。言うとらん。」
「私はずっとジジィと一緒にここで暮らしたっていいんだぞ?年寄りになったら私が面倒見てやる。」
「歳はもうとっとるわい。それにお前みたいなガサツな女に面倒など見てもらいとうもないわ」
「そんな事いうなよ。裏の仕事だって全部私が引き受ける。ここに居させてくれよ!」
「駄目じゃの。わしはお前を売りとばした金で、美味い料理を作るカワイ子ちゃんと暮らすんじゃ」
「ふざけるなよっ!私は真剣なんだよっ!」
「お前こそ甘ったれるな!わしはお前を見損なったわい。拾ってやった恩も忘れるとはな」

ドアをノックする音が聞こえた
「お取込み中の所申し訳ありませんが、『あひる』の値段が決まりました。入ってよろしいですか?」
気まずい空気を破るようにジジィが
「ああ、どうぞ。」
と答えた。




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猫を殺(と)れ (9)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
「コホン」
椅子を引き、食卓につくとシュンは重く気まずい空気をとりあえずは払拭するように軽い咳をした。
「えー本部の評価が出ました。『BBB』トリプルBランクです。僕としてはシングルAランクを推したのですが、やはり本部の方では過去の実績を重視するようで、このランクから始めてもらいます。ただ、うちの社でもトルーパー(一般兵士)は多いのですが、アサシンとメディックは慢性的に不足気味です。ミッションにおいての損耗率が非常に高いんですよ。ですから、ハイネさんが実際にミッションをこなして実績を積めば、すぐにA,AA,AAAとランクが上がります。生き残れば。」
一気にそこまで言うと、冷めた茶をまた一口飲んだ。
「で、報酬は大体どれくらいかのう?」
「そうですね、BBBで日給300USドル、Aで500ドル、AAで700ドル、AAAで1.000ドルと言ったところでしょうか。ただし装備や補給品、携帯食料などミッションに必要なものは全額自己負担です。またミッションによってはボーナスがでます。」
「ふむ。偉く高額だのう」
「いや、うちらはジュネーブ協定にも、ハーグ条約にも保護されませんから、捕まればすぐ処刑ですし。命の代金としては安い方ですよ。」
完全に割り切った事務的な言い方だった。
「あ、それとハイネさんの場合ですが、契約金、事前準備金として契約書にサインした時点で20.000ドルが支給されます」
「どうするかのう、ハイネ」
ジジィがこっちを見た。奥底に優しさの見て取れる視線に耐えられなかった。席を立った。
「ちょっと裏で風に当たってくる」
テーブルに突き刺さったままのナイフを引き抜くと、足早に食卓を出て裏口のドアを開けて稽古場に立った。

ジジィが作ったのであろうベンチ代わりの半分に切った丸太に腰かけてナイフの先で地面をほじくった。
今日一日で色んな事がありすぎた。初めての街並み、殺人、脱出、突然の見知らぬスカウト。
思考回路がパンクしそうだった。
脱北して行き場のなかった私を拾ってくれ面倒を見てくれたジジィに恩返しがしたい。
最期を看取るまで付き添っていたかった。
だが、外国で出稼いで、ジジィに送金して不自由なく暮らしてもらう事も考えた。
頭も心も混乱していた。あのシュンという人物も、そう悪い人物ではないように思えた。
空を見上げた。薄墨色に染まり夕刻を迎えようとする空を雁の群れが飛んで行くのが見えた。
傭兵か。まさにワイルドギースだな。ぼうっとその隊列を組んで飛んでいくさまを見続けた。

ギィッとドアの空く音が聞こえた。ドアの方を見るとシュンだった。
私は無視してまたうつむいてナイフで土をほじくる作業に専念した。
シュンは私の斜め前に立った。
「少し、お話してもいいですか?」
「ああ。」
「隣に座ってもいいですかね?」
「誰のベンチでもない。勝手にしろ。」
シュンは音も立てずに静かに丸太に座った。
「何で僕がこんな辺鄙な所まで、名も知れぬナイフ使いのあなたに会いに来たかわかりますか?」
「いや、さっぱりだ。私はジジィと暮らしていければそれでよかった。」
「あなたはそうでしょうね。でもイルカさんにはそうもいかない事情があった。ある連絡員を通してうちの会社にコンタクトを取ったのはイルカさんなんですよ。」
「え?じ、事情って?」
シュンはうつむいたままだった。
「イルカさんね、癌なんです。末期の。もって半年、短ければ3ヶ月だそうです。あなたを拾ったのも北京市内の病院で、癌の告知を受けた帰りだったそうですよ。」
「嘘だね。そんなそぶりも、薬を飲んでる所だって見たことない。」
「それはあなたが鈍感だからですよ。イルカさんより早く起きたり、遅く寝たり、イルカさんの部屋に入ったことがありますか?」
言い返す言葉がなかった。
いつもジジィにたたき起こされ、用意された食事を食べ、訓練の後はジジィの沸かしてくれた風呂で汗を流して、ベッドに倒れ込むように寝ていた。
「……そんなに悪いのか……。」
「はい。」
「何でもっと早く行ってくれなかったんだよ、ちくしょう!」
涙があふれ出た。シュンがスーツの内ポケットからハンカチを出すと頬を拭ってくれた
「イルカさんだってもっと一緒にハイネと居たかったと思う。でも自分が消えていくとわかった時に、あなたがこれから先生きていくための道を切り開いてやりたかったんじゃないかな?」
「……ま、僕の話はこれで終り。あとは君が決めればいいよ、ハイネ。」

やがて、心は決まった。
「おーいハイネ。晩飯じゃぞ。一緒に食わんかあ?」
ジジィの声が部屋の中から聞こえてきた。
「ああ、今いく。」
まだ重い腰をのそりと持ち上げ、食卓へのドアを開けた





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猫を殺(と)れ (10)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
スコープに張った俗にいうクロスヘアータイプのワイヤー越しに、ペプシの缶が揺らめいて見えた。
伏射、腹這いになった状態の体に地面のアスファルトの熱がどんどん伝わってくる。
スコープを覗く左目が渇く。
呼吸を止めて、そっと撫でるようにトリガーを引き絞った。
パスっという間の抜けた音がした。
スコープの向こうのペプシ缶は微動だにしなかった
「はずれだな」
チッ。舌打ちをしながら起き上がり、右目の眼帯を外した
「だ~めだこりゃあ。蜃気楼がひどくて調整にもなりゃしないぜ、旦那~」
「はずれだな」
「っるせ~な。繰り返すなっつーの。しっかしこのシグ・ブレイザー高かったのによ~」
単眼鏡から顔を上げたスキンヘッドの男がニヤニヤ笑った。
「そりゃ銃のせいじゃなくて、お前の腕じゃないのか?ライト」
「ば、馬鹿言うなよトミー。俺はAAAのキロメータースナイパーだっつ~の」
「SIG BLASER R93LRS。いくらパーツが全部左利き用にアジャスト出来るからって、今どきボルトアクションは無いんじゃないか?」
「な~に言ってんだよトミー、このブレイザーだって排莢口は変えられないんだぜ?セミオートで撃つたびに目の前をガンガン薬莢が飛んでくる身にもなってみろつーんだ」
「まあ、ここじゃこの滑走路くらいしか、1000m級の調整は出来ないしなぁ。左利きっていうのも難儀なものだなあ」
「あ~~こんなときシュンが居てくれたらなあ~。あいつ位だぜ、1キロ先の煙で風速読んだり、車の速度割り出して着弾予測するの」
「おまけに700mクラスなら必中だしな。お前は言われた通りに引金ひくだけってか?」
「そ~そ~、ってうるせえよ。スポッター(観測員)がスナイプ出来なきゃどうすんのよ」
そう毒づくライトの背中を誰かが指でつついた。
「うおっびっくりした!ミッフィーかよ!気配殺してちかづくなってばよ」
ミッフィーはニコニコ笑いながら背後に隠し持っていた6缶ケースのビールを差し出した。
「おう、こいつは気が利くな。ありがとうな、ミッフィー」
トミーがミッフィーの頭をグリグリ撫でた。
ミッフィーは照れくさそうにしている。
「おうおう、お暑いねぇ。で、冷えてるんだろうなそのビール。」
プラスティックで留められたビールを一缶もぎ取ると、ミッフィーはライトの頬に押し当てた。
「か~っ!いいね。さすがは我がチームのメディック!よく分かってるぅ~」
プシッとプルタブをあけると一気に飲み干した。
「ミッフィーちゃん、道具は持ってきてる?」
ライトの問いにコクッと答えたミッフィーはとても自分の体には不釣り合いなデザートイーグルを腰の後ろから抜き出した。
「よし、じゃあ晩飯賭けようぜ。この缶が落ちるまでに3発ヒットさせたら、メシは俺のおごりだ」
ミッフィーはコクリと頷いた
「俺も乗るぜ、ライト。ミッフィーがしくったらお前の飯、奢ってやるよ。そんかわり成功させたら2人分お前が奢れよ」
「ふっふっふ。これで2食浮いたぜ。いくぞ!」
ライトが宙高く、バドワイザーの缶を投げた。
最上昇点に達した時、しりもちをついた姿勢になったミッフィーが引金を引いた
ものすごい爆音が4回鳴った。カンと寂しげな音を立てて落ちてきたバドの缶は紙くずのようになっていた
反動でずり下がったミッフィーが立ちあがり、急いで立ち上がると缶を拾いに行った
戻ってきたミッフィーが手にしていたのは、もう缶とは言えなかった。
「どれどれ?」
トミーが判定にかかった。
「アルミ屑になっちゃいるが、きちんと射入口は4つみえるぞ、ほれ」
ライトに投げてよこした。
「まじかよ~~~?お前メディックだろ?しかもそんな大口径銃で、ありえね~~~」
「ライト……お前な。メディックはチームで最後まで生き残らなきゃいけない職だぞ?これぐらいできなくてどうするよ?」
「か~~~!俺も白衣の、じゃねぇな。迷彩服の天使がいるうちにいっちょ銃の当たりつけとくかぁ」
「よしよし、その意気だ。」
ライトは再び右目に眼帯をはめると伏射の位置についた。
「酔えば酔うほどってな。よっと。」
軽口とは逆にライトの体から冷気が漂ってくるようだった。
シグ・ブレイザーはストレートアクション機構だ。ボルトを手前に引けば排莢し、前に押し込めば次の弾が装填される。
次弾を装填したライトはまた優しく引金を引いた。
1km離れたペプシの缶の倒れる音が聞こえるようだった。
「命中。やればできるじゃないか、ライト」
ビールを飲みながら単眼鏡を覗いていたトミーが笑顔を見せた。
ミッフィーが後ろでぱちぱちと拍手している。
おもむろに起き上がったライトは、ガバっとミッフィーに抱き着くとほっぺにキスした。
「やっぱり天使ちゃんのおかげだぜ~」
ミッフィーは真っ赤になってうつむいていた。

「はい。そこの滑走路の馬鹿3人組、今すぐ滑走路から退去。まもなく着陸機がある」
管制塔からスピーカーでアナウンスがあった。
「ったく、管制官までガラ悪いな、ここじゃ。」
そう言いながらも銃や散らばった薬莢を拾い、トミーも単眼鏡やスコアシートをしまうと兵舎に向かって歩き始めた。
「そう言えば、シュンは東アジアの方に『買い付け』にいったんだろ~?」
「ああ。おそらくこの便で帰って来るんだろう。」
「マジか!うほっ愛しき恋女房だぜ!やっぱあいつとペアじゃないとな!」
「喜ぶのは早いぞ。『買い付け』たのはアサシンらしい。」
その途端ライトの表情は曇った。
「……ア、アサシンか……。」
「ああ。」

(つづく)




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Response: コメント: 4  トラックバック: 0  Edit 01 16, 2012 Back to top
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