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医師は言った。 「一生治りません」

Category : Life
テーマ : 双極性障害(躁鬱病)
ジャンル : 心と身体
私にはおそらくあの時発症したのであろうという時期があります
二十歳すぎ。心の糸が切れた私は病院に担ぎ込まれてガッチャン部屋に入れられました

そこから高知医大精神神経科に紹介状を出され2週間通いつめて
様々なテストや検査を受けて「てんかん」「過呼吸症候群」「解離性同一性障害」という診断をもらいました

医師を責めても仕方ないのですが、医療の分野で20年も前といえば「大昔」。
DSMもまだDSM-III(1980)が日本語訳されてやっと日本の精神医学会に浸透してきた頃です。
(しかもこのDSM-IIIは現在のDSM-IVと違い、医学的指針として活用するには程遠く、当時の精神科医は患者の病名診断基準にはあまり用いられなかったようです)
ですから現在のように「パニック障害」などという名前もなく、うつ病についても今ほど医学面での研究は深くなされてなかった時代です
「躁うつ病」という病名は付けられませんでした。「欝は心の風邪」「怠け病」などと呼ばれていた時期です

今となっては特に薬の名前も覚えていませんが、てんかんの薬をもらって、あとは「あまり極端に緊張(興奮)状態にならないように」という助言をもらっただけのようで、治療というものはそれぐらいでした

それから10年あまり、「カミソリのように切れる頭脳」とか「有言実行」、「完璧な人」という賞賛(?)の声の裏側で、一つの仕事を「100点満点」でおわらしたあと、グッタリと寝込み、何一つ身動きできないほどの倦怠感が襲う症状が徐々にひどくなってきました

幸いうちの業務は一つのプロジェクトを済ますと、次のプロジェクトに参加するまでの間、なんのお咎めもない「完全休暇」だったので、回復しては仕事、回復しては仕事、というサイクルを繰り返していたのですが、休暇中も仕事のことばかりを考えるようになり、初めは2つ3つの事柄を同時並行処理できていたものが、段々と一つの処理さえ、ギリギリ、もしくは大ポカをしてしまうようになり、例えば一ヶ月かかる一件のプロジェクトを完璧にこなしたあとは、2ヶ月以上何も出来なくなる状態になってしまいました

そして大欝エピソードに陥りました。
起きられない、食事を取れない、何にも興味を持てない、生きる意味を見いだせない、自分がダメ人間だと思い出す、そんな症状が半年続きました。

しかし、その頃はまだ救いと心の力がまだあったのでしょう。
「このままではいけない、何かの病気かも」と思い、自分で日赤病院に足を運びました
そこでDSM-IV(1994)に基づく100問以上の設問からなるテストを受けさせられ
「躁うつ病」と診断されました
日赤の医師は言いました
「こんな状態で、よく自分の足で受診しようと思いましたね。普通はご家族や、周囲の方が連れて来られる場合がほとんどですよ」

前にも書きましたが現在の日赤はほぼ「病院紹介施設」となっています
その当時、車にも乗れていた私は、なるだけ生活圏から離れた病院を紹介してもらいました
いわゆる「精神病院」ではなく「メンタルクリニック」(聞こえは良い)でした
そこでもまたテストを受けさせられました
しばらくして診察室によばれました
医師は温和で優しそうな顔で、残酷な言葉を私に告げました

「あなたは『躁うつ病』です。過去に医大で診察を受けられた時から既にそうだったと考えられます」

私はその頃精神疾患について、全く知識がなく
な~んだ『躁うつ病』かぁ。『鬱病』より何だか救いがありそうじゃん?と思っていました。
病名が「軽く」聞こえたのです

先生に尋ねました。
「あ、じゃあ薬もらって飲んでれば治るんですよね?」

先生は憐れむような目つきで、しばらく私を見ると軽く首を横に振りました
「『寛解』って言葉をご存知ですか?」
「いえ、さっぱりです(笑)」
「あくまでも「一時的に」病状が改善されることです。『完治』とは違います」
「はぁ。なるほど。」
「今はいい薬もできてますし、「寛解」することがあるかもしれません」
「……はい」
「でも「完治」は見込めません。あなたの人生にずっとついてまわる病気です」
「は??」
「この病気は外因性よりも内因性による発病が主なのです。いわば持って生まれたあなたの性(さが)や、幼児期の育成環境が、病因の大きなファクターになっているわけです」
「はい……」
「これは、3つ子の魂100まで、っていいますよね。意識改善とか言いますが、それは表面上のことだけで、深層心理に深く根ざしたあなたの心の傷といっていいのか性(さが)といっていいのかわかりませんが、それを改善することはできないのです」
「はぁ。。。」
「ですから、当クリニックとしては「治癒」を目指すというよりも躁鬱の波を抑える「緩和」治療しか行えません」

頭の中が真っ白になり「一生治らない、この状態が続くんだ」という考えが渦巻いて何も考えられなくなりました

その日、デパス、パキシル、デパケンRを処方されて、車を運転した道中のことは全く覚えていません

今思うとその先生は、冷徹でしたがとてもいい先生だったと思います
しかしまた病状が悪化し、眠剤の半減期間に、それと気づかず車の事故を3度繰り返したことで
父に車をうりとばされてしまい一人ではとても日常生活が送れなくなってしまったこともあって、高知市内の母のマンションに移り住むことになり、転院を余儀なくされてしまいました

今度はクリニックではなく精神病院でした
そこでも私は
「一生治らないんですか?どうにかして治してください!」
と初診で先生に訴えましたが、前のクリニックの先生同様、首を横に振るのみでした
同じく「緩和治療」に徹する医師にうんざりして、今度は「とりあえず」高知で一番、と言われる精神病院に飛び込みで初診を受けました

結果は同じでした……。


自分でなんでこんな業(ごう)を一生背負い続けなくてはいけない羽目になってしまったのか理解できません
遺伝子に組み込まれていた発症因子が発露したのか
両親の育て方が歪んでいたのか
医師の言うとおりに、自分の思考回路に問題があるのか

今となっては、誰のことも、自分のことも、恨んだり反省することはありません
ただ、いくつもの病院で言われた「一生、治ることはありません」という言葉が
折に触れ、私の心をどん底にたたきおとします。



※『寛解』の言葉の意味について
国立国語研究所「病院の言葉」委員会 『病院の言葉を分かりやすく:工夫の提案』 勁草書房、2009年


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Response: コメント: 13  トラックバック: 0  Edit 12 16, 2011 Back to top
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Comment


その言葉には、救いがなさすぎます。

何度も言われてつらかったでしょう。

私はどうしてもそうは思いたくない・・・です。

最初の

私が最初にメンタルクリニックにかかった時、
言われた病名が「出世鬱」でした。
灰音さんと同じように、
プロジェクトが始まる→成果が出る
→終わる→寝込む…のエンドレス。
会社では身に余る評価を貰って、
最年少管理職の年間MVP。
けと、身の丈にあってなかったんでしょうね。
すぐ破綻をきたしました。
自分から降格を申し出ましたが、
時すでに遅して、復職できませんでした。

今の主治医は治るとも治らないとも言いません。
私も半ば諦めていて、聞いた事はありません。

何がトリガーになるのでしょうね。
母には口が裂けても言えませんが、
成長の過程もあるような気がします。
うちは母子家庭で、けど母は立派に働き、
何不自由なく育ててくれました。
その代わり、私はずっと一人でいた記憶と、
母のような大人にならなければいけないという
プレッシャーを抱えていたように思います。

灰音さんのブログは、
読んでいて、自分を見つめ直すような気になります。

書いていてくれて、ありがとう(*^▽^*)

coronさん from みなみ

>coronさん
私も同じです。今は、動けない毎日ですがいつか良くなって(治らないまでも)、せめて動けて少しでも社会参加したい。
でも、現実は………
うまくつきあっていくしかないのでしょうね。
ところでcoronさんのブログ、全部拝見しました。つらそうですね。

こういう躁ウツ病もある

うちのマンションにもう一人、躁ウツ病の人がいます。 彼(77才なのだが、すごく若い)を、この1年半見てる限りでは、昨年暮れに、数日間だけ、暗いオーラを発して、みんなのいる食堂では食事を食べず、自室へ持って帰って食べてた、それだけが症状です。
彼に言わせると「今の僕にとっての躁ウツ病とは、毎日、薬を飲まなきゃいけないだけの病気」
ただし彼の場合は定年退職後の発病で、大きな波が(2回目の波は、医師がリーマスを切ったために来た)2回きたけれど、職業生命には、全く影響を与えていない、というのはある、と思う。
ちなみに薬はリーマスと眠剤のみ。
こういう躁ウツ病なら、『一生、治らない』でも、許せると思うんですが・・

coronさま

厳しい現実です。
全く予備知識のなかった当時、寛解まで行けたとしても
また再発するかもという恐怖はとてつもないものがありました
現在は……そうですね……
「治らないんなら、うまく付き合えばいい」という達観した思いにはまだ至っていません、正直。
そこまで行ければ、日々の生活も楽になるとは思うのですが^^;
悲観的なレスでごめんなさい;;

miffyさま

いつもコメントありがとうございます

この病気に罹患する方は、少なからず同じような経路をたどっているのですね

>今の主治医は治るとも治らないとも言いません。
おそらく「今の医学では……」ということを踏まえて、悲観も楽観もさせないように、そうしてるんじゃないでしょうか?

もしかしたら来年、いや明日にでも特効薬ができるめどが立つかもしれない
ペニシリンにしろ、種痘にしろ、色んな薬品や医学はそうした「突然」ということもありえる分野ですから^^;
私は弱音もバンバン吐きますが、まだ希望を捨ててはいません
でも、やっぱりプロに「宣告」されるのは、かなりショックなわけで……
落ち気味のときは、思い出しちゃいますね。。。

診断の時

躁うつ病は治りません、とは言われなかったすけど
「貴方の場合は(就労は)もう……(黙)」
あ、俺の社会人人生終了したんだ…と。
これが思いのほかキツくて、心に刺さったまんまです。

三毛ニャンさま

う~む、なるほど。
私の父は糖尿病を患っていて、毎日血糖値を測って、インシュリンの自己注射をしてるのですが、そんな感じなのかなあ。。。
気になったので調べてみました
http://www.siraberu.biz/utu/276_1.html
こういうことなのかな?
処方薬から察するに、単極性の「躁寄り」の躁うつ病ってことかしらん?

でもそれ以上にその方の考え方や、達観具合が素晴らしいと思います。
私なんか流砂に飲み込まれて、ジタバタあがいて、余計に沈み込んでいくような感じですからね
その領域に達するにはまだまだです><

禮人さま

うん、わかります。
「はい、リーグ戦ゲームセット。残りはもう消化試合ね」
みたいな、どうやって残りの人生過ごせばいいんだろうとか
自分を否定されるというか(非道い言い方だね、ごめんなさい)
自分の存在価値を失っちゃうんですよね

ドクターから発せられた言葉は、確信を付いた簡素な言葉であればあるほど、ずっと心から離れないような気がします。

笑って言える日を待っている

達観具合がすばらしい、というより、彼は老人ですが、仮に灰音どんと同い年として、年に数日だけのウツ、ということであれば、普通に正社員として働けるワケですよ。 旅行だって行ける(たまたまウツになったらキャンセルだけど)。経済的にも問題ない。
糖尿病より後遺症にかからない分、軽い病気だと言える。
「不治の病だ」という宣告は、この老人のようなケースも含めて言っているんだろうか?
三毛ニャンは、この老人におけるリーマスのような、三毛ニャンにピッタリの薬が発明されて、「躁ウツ病なんて、薬を飲むのが面倒なだけの病気よ」と、笑って言える日を待っている。

三毛ニャンさま

>「不治の病だ」という宣告は、この老人のようなケースも含めて言っているんだろうか?

躁うつ病全体のことを言っているわけではありません。
記事をよくお読みくださればわかると思いますが、テスト、問診、病相(病状)を医師が総合的に判断して私に対して言った言葉です。

そうですね、躁鬱病患者といっても病症は様々ですから、一概に「躁鬱病の特効薬」というのは難しいかもしれませんね。
三毛ニャンにもぴったりの薬が発明されたら素敵なことですね^^
『マタタビンEX』とか(笑)

こんばんわ 灰音さん

記事を読んでいて、自分はどうだっただろうかと考えてしまいます。
会社の健康診断で血圧が高く、クリニックに行ったら夜眠れない
と言ったら、ソラナックスを処方されました。
しかし飲んでも何も変わらないと言ったら精神科(心療内科)に回されました
そこで、眠れないし、体が辛く、仕事が休みの日はほとんど寝込んでいると
言ったら、先生は軽くうつだねと言いました。うつなんて自分には関係ない
と思っていたら、パキシルが処方されました。これを飲んで怖い体験をし
赤信号をそのまま突っ走ったり、一日中頭がくらくらしてとても仕事に
ならなかったほどです。それからはクリニックに行くたびに薬が増え
そして副作用に苦しめられる。それでも少しでもよくなってくれたら
いいんですが、全然よくならず薬はますます増えていきます。
クリニックに行く薬が増えるを繰り返していたら、先生からこれだけの薬を
出したのはこのクリニックで君が初めてだと言われました。
一日に飲む薬の量は十種類ちかく飲み、こうなると仕事ににも支障が出てきて
ある日ミスをし会社を解雇されました。それからは体を直す方が大事だと
考えて、薬を飲んでいましたが、そのころになると親や弟が気が付き
なかば強制的にクリニックを変えられました。
今いるクリニックでは先生と弟と母親と4人で薬を減らしていく事を決め
クリニックに幾たびに薬が減っています。それにともないまた体がきつくなり
先生にその事を言っても先生は、薬を減らす事を辞めません
ますます体はきつくなり、残っていた薬を飲んで何とか耐えてます。
本来患者の状態を見て薬を処方するべきと思いますが、今は行くたびに
薬が減らされる状態が続いています。薬を減らしてよくなるなら分かるのですが
よくなるどころかますます体がきつく、夜は眠れない、一日の大半は布団の中で
すごすと言う状況です。先生に涙を浮かべ体も心もきついと何回も訴えるのですが
それでも薬は減らされていきます。こんな事なら薬を大量に飲んでいたときがまだましでし

た。

デパスさんじょうさま

こんにちは、コメントありがとうございます
私は医師でも医療関係者でもないので、迂闊なことは言えませんし、このコメントもあまり鵜呑みにしないでくださいね。
患者側から見ての意見ですが、精神科の先生には

①患者の容態の訴えに対して「じゃあこれを試してみよう」「効かない?じゃあもっと増やして、この薬も試してみよう」とジャブジャブ処方する薬の量を増やす先生

②必要最低限の薬をだし、じっくりと経過観察しながら処方薬の増減をする先生

この2種類の先生がおられるように思います
私のブログの上にあるmenuの薬というリンクページには最大処方飲んでいた時より少し減った時の薬の量が書いてあります
毎日、薬だけでお腹が張るような思いで必死で飲み続けましたが、症状の改善はあまり感じられませんでした。というか、薬慣れしてしまって薬が効いているのか効いていないのか、自分が今どういう状態なのかすらわかりませんでした
私もデパスさんじょうさんの前の先生のような①のタイプの主治医なのです
薬の大量処方を問題視される方もおられますし、薬も裏を返せば毒ですから副作用もあります。
でも私は、それで毎日が楽に暮らせられれば、気分が楽になるのならそれはそれで有りだとも思うのです。薬に依存しても、安定して生きていければいいじゃないって思うんです。
でも、問題が一つ。
デパスさんじょうさんのように転院された場合、前の主治医さんが①のタイプでゴッソリと薬が処方されていると、新しい主治医さんが「この患者さんに本当に有効な薬は何だろう?」と大いに悩むわけです
おそらく、ですが今の先生は一旦薬を全部リセットして色々と見極めたいところなんでしょうね。でも急な断薬は危険すぎますから減薬して行ってるんではないでしょうか?

心神喪失状態でなければ、病院を選ぶ権利は当然保護者ではなくてデパスさんじょうさんにあります。
私は①のタイプの医者も②のタイプの医者も、どっちも必要だと思います。
「いい医者」というのはこの世に存在しません
「自分にあった医者」を探すしかないと思います
デパスさんじょうさんが今、苦しいのなら、前の病院に戻られるのも一つの手段だとおもいますよ。
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