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猫を殺(と)れ (2)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
ロビーのソファーやベンチで無防備に過ごす気にもなれず、壁際に腰を下ろし膝を立て腕を枕に目を閉じた。
ひっきりなしにアナウンスされる搭乗便の案内や人の行き来する音が、私を安堵の眠りに誘った。
静寂は恐怖だ。針の落ちる音一つ聞き逃すまいと余計に神経が研ぎ澄まされる。
ほんの一瞬寝ていたと感じただけなのに、ふと気が付き左手のタグ・ホイヤーを見るともう3時間も経っていた。
長時間の輸送機の荒い運転で疲れ切っていたのだろう。またうつらうつらと目を閉じた。
「お嬢さん、独りでこんな所に寝てると襲われちゃうよ?」
聞こえてきたその声に、身体が反射的に一挙動で立ち上がり腰に手をやった。
ナイフはなかった。
今は金属探知機に反応しないセラミックのナイフがあるとはいえ、世界的な情勢不安な状況で持ちまわるわけにはいかなかった。
相手を見据えた。シュンだった。しっかりと私のナイフの攻撃範囲から間合いを外して立っている。
ロビーの外での粘り気のある嫌な汗とは違う、冷たい汗が首筋を流れた。
「シュンか。驚かすな。」
「まあまあ、そう言わずに。これでも羽田から超特急で来たんだぜ?」
「そうか……で、後ろの奴は?」
「え?わかんない?ライトだよ、ライト。」
ブロンドの髪をを黒く染め、サングラスを外したライトの目はこげ茶色のコンタクトレンズが入っていた。
「ライトか。久しぶりだな。」
細身のライトは何も言わずニッコリ微笑んだ。
スナイパーはライフルを筋肉では支えない。骨で固定する。筋肉は脈動を銃に伝えてしまう。
「まあ、ライトはこういう変装しなくちゃいけないが、ハイネはそのまんまでいいな。」
私はうなずいた。シュンはれっきとした日本人なので何もする必要がない。

「これ、旦那からだ。トイレで開けてきなよ」
トミーはいつ頃からか「旦那」と呼ばれるようになっていた。
A4サイズの茶封筒を受け取ると、私はトイレに向かい個室に入った。
天井を見る。火災報知器、煙探知機だけで防犯カメラは入り口にあっただけだった。
茶封筒を手で破くと、日本国籍のパスポート、免許証、携帯電話、現金が30万円入っていた。
パスポートと免許証の名義は「村崎 灰音」となっていた。
日本語でなんと発音するのかは分からなかったが、漢字は読めた。
携帯電話の電源を入れて、メモリーを調べた。一件だけ登録してあった。おそらくトミーのものだろう。
電源を切るとズボンの腰ポケットに押し込んだ。逆のポケットにパスポートと免許証を入れ、現金は15万ずつ折りたたんで前のポケットにいれ、長袖Tシャツの裾を出して、ズボンのふくらみを隠した。

個室から出ると、洗面台の前に立ち鏡を見た。汗が浮いている。顔を洗おうと思ったが蛇口をひねる水栓弁がない。
困惑しながら蛇口を触っていると突然水が出た。驚いて手を離すと、一定の時間で水は止まった。
もう一度手をかざす。また水が出た。どうやらセンサー式になっているらしい。
顔を洗い、額にかかった前髪を水でオールバックになでつけた。
鏡を見た。なんという豊かな国だろう。私の国では新生児の3人に2人が餓死していく。
中近東では「ジャパニーズ」で通ったが、この国の人間たちは見分けがつくのだろうか。
朝鮮民主主義人民共和国朝鮮陸軍特殊部隊所属革命戦士「李 恩宙(이 은주)」、俗にいうコマンドー。
常に南朝鮮との国境線38度ラインを跨ぐMDZを隠密行動し、南への侵入ルートを思索する部隊に配置されていた。
その体技と近接戦闘能力を買われ、軍名誉勲章をもらい二階級特進し、上級兵士となって凱旋帰郷した時だった。
保障されているはずの人民軍兵士家族への特別栄養補給物資(卵、牛乳など)の配給はなく、母は木の根を齧りながら死に、父は反乱した川の治水作業中に事故死したと近隣の葬儀を上げてくれた人々に教えられ、家には屋根もなく壁だけが残っていた。

2回の夜を膝を抱えて泣いた。3日目の朝、私は決断した。
黒竜江の凍ってない今なら、警備も浅い。中国に渡ろう。
もう二度とは帰れない故郷を後にして、何の感慨もわかなかった。裏切りの国。
コマンドーの教育訓練課程で、英語、日本語は南朝鮮語に次ぐ必須科目だった。
北と南ではアクセントも発音も微妙に違う。南の人間は敏感に察知してしまう。
とりあえずは食べる事だった。だが中国語ができなかった。
訓練された人間は水と塩があれば2~3週間は生きながらえれる。
着てきたものは軍服だけだった。夜を待ち服の襟章や腕章、ニッコリ笑ってるパーマで小太り親父のバッチとその他朝鮮を示すものを全て剥ぎ取り、制帽と一緒に山林の土中に埋めた。

やがて一週間ほどしたとき運が向いてきた
ゴミクズのような新聞紙を広げて見てみると、漢字なのでよく読めなかったのだが(北朝鮮では漢字は廃止されている)チベット自治区、ウイグル自治区で妙な火種が燃え上がり始めているらしい。
だが、地域は北京を挟んで真反対だ。とりあえずは北京だ。
ヒッチハイクを繰り返し、ようやく北京郊外にたどり着いたのは5日目だった。
もう精神的にも体力的にも限界が近づいていた。
高層マンションからこぼれる光を見ながら、もうへたり込む元気もなく、その場で寝転んで目を閉じていた。
何かで突かれた。無視した。また突いてきた。
クソっとおもい反射的に身体を起した。老人だった。

「なんじゃ、まだ生きておったか」
「なにっ!」
「これ、そんなに殺気が溢れだしておったらすぐ脱北者とばれるぞ。はっはっは」
そう言いながら私をつついていた杖を引っ込めるのを見るのと同時に、老人が北朝鮮の言葉をしゃべっているのに驚愕した。
立ったままの姿勢からノーモーションで老人の眼球を狙って貫手を放った。
鼻の位置まで手が届く前に指と指の間に杖を入れられ、右手に激痛が走った。
「チッ」
右手はそのまま杖を握りしめ、左手の手刀で今度は喉を狙った。
老人はその場から1ステップもすることなく右手で私の左手首を押さえた。びくともしない。
最後の手段、右足を老人の股間めがけて振り上げたが、目に捉えきれないスピードで両膝を閉じブロックされ、右足の甲に痛みだけが残った。
完敗だった。

「なかなか良く動くのう。じゃ、次はこのオイボレの番かの」

そう言うが早いか、突然視界から老人が消えた。次の瞬間、両膝の裏に痛みが走りガクリと地面に膝をついた。
追撃は止まなかった。振り返ろうとしたとき首の裏にものすごい衝撃が走り、そのまま気を失った




(つづく)



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Response: コメント: 1  トラックバック: 0  Edit 01 14, 2012 Back to top
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