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猫を殺(と)れ (8)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
「さっ、ここへおかけください」
ジジィはいつもは自分の座る椅子を引き、シュンを座らせた。
「今、お茶を用意したしますので……」
そういうとガステーブルの方に向かって歩いて行った。私はシュンの斜め前の椅子を引き、座った。
ジジィの妙に卑屈な態度も気に入らなかったし、シュンの得体の知れなさも気に入らなかった。
テーブルに置きっぱなしだった台拭きでナイフに付いた血と脂と土をこれ見よがしにふき取り、片手で弄んだ。
シュンは一瞬視線を向けただけで、また視線をそらして部屋をキョロキョロと観察した。
それがまた気に入らなかった。ドカッと食卓にナイフを突き立てた。
「そんなことすると、大切な武器が刃こぼれしちゃいますよ。道具は大事に扱わなきゃ」
食卓に垂直に立ったナイフを見ながらシュンがつぶやいた。切れた。ガタっと椅子を引き飛びかかろうとした時ジジィの声が響いた。
「こりゃっ!ハイネッ!大事なお客様に何ちゅう態度じゃ!座れっ!」
シュンへの怒りと、ジジィの叱責にどうにも気持ちのやり場がなく、シュンを睨みつけたまま立っている事しかできなかった。
「ええから、すわりなさい、ハイネ。」
盆に湯呑を3つ乗せたジジィが今度は優しく言った。
「……はい。」
シュン、私、自分の順に湯呑をおき、ジジィは私の隣に座った。シュンの湯飲みだけは受け皿と蓋つきの上等なものだった。
ジジィは盆を片手に持ったままだった。
シュンは湯呑を一瞥すると、半分だけ蓋を開けおもむろに人差し指を茶に浸し、指に付いた滴で机に三角形のマークを描くと、今度は蓋を受け皿に微妙な角度で斜めに置いた。茶には手を伸ばそうとしない。
じっとそれを見ていたジジィはようやく盆を食卓の上に置き、盆の裏に忍ばせていたらしい大柄のナイフを盆の上に置いた。警戒は解いてなかったのだ。さすがジジィ。そう思った。
「そのサインであなたをアヴァロンの正式なエージェントと確認させてもらいました、シュンさん」
これまた流暢な英語だった。喋れたのか。どこまでも謎の多い老人だった。
「全く……師弟揃って物騒ですね。」
シュンが湯呑に蓋をした。
「ははは、警戒するに越したことはないですじゃ。その茶も今、入れ替えてきます。」
ジジィが席を立ってシュンの湯飲みを盆に乗せると、また台所に向かった。……毒入りだったのか。
まさか私のにも……と思い恐る恐る湯呑を覗き込んだ。
「ふふ、ハイネさんのには入ってないですよ。たぶん。」
シュンがにこやかに笑った。こういう顔も出来るのか、そう思った。

ジジィが新しい湯呑に茶を入れてシュンに差し出すと、また私の隣に座った。
「で、どうでしたかいの?こやつの仕事っぷりは。」
おもむろにシュンに話しかけた。シュンはまだ熱い茶をズズっと一口飲むと口を開いた
「そうですね……公安警察の巡回を上手く避けて、少年たちのサッカーボールでターゲットに接近、殺害。殺しっぷりは100点です。ただ退路が悪かった。来た時と同じ道を何かに追われるように早足で帰りましたね。あれではいつ職務質問されてもおかしくない。また、僕の気配を察知していたにも関わらず、自分のアジトであるこの場所に引き込んだ。……総合点で60点、と言うところでしょう」
その言葉に顔が真っ赤になった。何か言い返そうにも全て言い訳に聞こえそうだった。
フォローを入れてくれたのはジジィだった。
「こ奴は、ここにきて9ヶ月この家の敷地から出たことがなかったんじゃよ。漢字もさっぱり読めんし、教えもしなかった。地図も読めんのじゃ。そして何より『仕事』の事は今朝話し、現場にもわしが連れて行った。迷わず帰ってこれた方が不思議と思うんじゃがのう。」
シュンが目を剥いた。
「何ですって!全く?何の準備期間も与えず、見知らぬ土地の見知らぬ現場に放り出して『仕事』をさせたのですか?」
「うむ。全くその通りじゃよ。」
シュンはしばらく食卓に肘をついて頭を抱えていた。何かを必死で計算しているようだった。
やがておもむろに顔を上げると私を見て口を開いた
「殺しの経験は?今まで殺した人間の数は?」
「国に居る時、訓練で死刑囚を1人殺した。本格的な仕事?って言うのは今日が初めてだから、合わせて3人かな。」
「ありえない……ハイネ、と呼んでいいか?ハイネの国じゃあ、暗殺者を大量に他国に送り込んでいるんじゃあないのか?」
「ああ、ハイネでいいよ、シュン。それは間違った認識だな。確かに外国に『赴任』する奴らは居るが、その国に浸透して情報収集やスパイ行為をして本国に連絡するだけだ。まあ朝鮮有事の際は内部攪乱に奔走するだろうが、ヒットマンになるようなコマンドーはほんの一握りで、一定の国に定住しない」
「それじゃあ、君の国じゃあ一般の兵士が君と同レベルなのか?」
「いや、そういうわけでもない。兵役だし、食う為に仕方なくやってる連中もいるしな。皆本音じゃあ銃より鍬でも振って畑を耕し、豊かに暮らしたいさ。私は戦闘が好きなだけ。戦技訓練だけが生きがいで、昇進して家族に楽をさせてやりたかった。それだけだよ。」
「そうか……だがどうやって初めての道を間違えもせず、ここまで帰ってこれた?」
「質問ばっかりだな。」
「これが仕事なんでね。」
「曲がり角で特徴になる看板や、店の名前を見つけて覚える。あとは右右左右左真っ直ぐ、って記憶するだけさ。簡単だろ?あとは感覚かな?帰巣本能ってやつかもな」
「まいったな……。」
シュンは額に手を当てて考え込んでいる。ジジィが立ち上がって窓に歩み寄るとガラスを持ち上げ空気を入れ替えながら煙草を吸った。

窓から煙草を投げ捨てたジジィが改めてシュンを見た。全くマナーの悪いジジィだ。掃除するのは私なのに。
「で、どうかのう?」
「参りましたね、イルカさん。私の一存では点数がつけようがない」
「それも困ったのう……」
「電話を借りても構いませんか?」
「それはええが、国際電話ならまず盗聴されると思うて間違いないがのう」
「ああ、それは大丈夫です。『アヒル』の取引の話ですから」
「ほほ。そうかそうか。アヒルか。ここを出て廊下の突き当たりじゃ」
「お借りします。」
そう言うとシュンはさっと立ち上がり、ドアの向こうに消えた

シュンの気配が消えたのを見計らってジジィに喋りかけた
「……なあ、ジジィ」
「なんじゃ?」
「いったい何がどうなってるんだ?」
「そうじゃのう……お前もいつまでもここに居るわけにもいくまいよ?」
「え?」
「あのシュンという人は仲買人じゃよ。お前の値段を決めに来たんじゃ」
「ちょ、ちょっと待てよ。聞いてないぞそんな事。」
「当たり前じゃ。言うとらん。」
「私はずっとジジィと一緒にここで暮らしたっていいんだぞ?年寄りになったら私が面倒見てやる。」
「歳はもうとっとるわい。それにお前みたいなガサツな女に面倒など見てもらいとうもないわ」
「そんな事いうなよ。裏の仕事だって全部私が引き受ける。ここに居させてくれよ!」
「駄目じゃの。わしはお前を売りとばした金で、美味い料理を作るカワイ子ちゃんと暮らすんじゃ」
「ふざけるなよっ!私は真剣なんだよっ!」
「お前こそ甘ったれるな!わしはお前を見損なったわい。拾ってやった恩も忘れるとはな」

ドアをノックする音が聞こえた
「お取込み中の所申し訳ありませんが、『あひる』の値段が決まりました。入ってよろしいですか?」
気まずい空気を破るようにジジィが
「ああ、どうぞ。」
と答えた。




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