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猫を殺(と)れ (41)

Category : KILL THE CAT
テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体
シュンはこの日、メンバーの中で一番緊張しているのかもしれない、そう自分で思っていた。
トミーたちを下ろし、東京方面に車を向けて10分。
すぐに時速30~50kmの停滞した居心地の悪い車の流れに乗り込んでしまった。
前の車のテールランプを見つめ、今日の段取りを詰めようと頭を果たらすのだが、上手くいかず過去の思い出が湧いてきて邪魔をした。
小さい頃から自分の「女」の部分に違和感を抱き、ずっとそのちぐはぐな気持ちのまま「男」の世界である自衛隊に憧れを持っていた。
どうせ行くならと思い、必死の勉強の末、当時まだ狭き門戸であった女子枠での防衛大学校へと進学した。
成績優秀で卒業後、任官されたのち経験したのは失望と差別だった。
シュンは「女」ではなく実力で「男」たちと並んで、仲間として受け入れてもらい同じ釜の飯を食いたいだけだった。
だが現実は下からは「女のくせに」幹部候補かよ、と疎まれたり、上からは怪我でもさせてはいけないとただのお飾りやキャンペーンガールのような仕事しか与えられなかった。それでもシュンは現場に溶け込もうと、努力した。
しかし、努力して結果が出れば出る程、隊の中からは浮いた存在となった。射撃技術優良のリボンをもらった明くる年に統合幕僚会議第二幕僚室(現・防衛省情報本部)へと配置転換を言い渡された。そこでは現場より過酷な差別が待っていた。防衛省情報本部と言うのはスパイ機関である。故に、「女」を武器にしたスパイ技術や結果を求められた。そこでもシュンは歯を食いしばって様々な技術を体得したが、もう疲れ切ってしまっていた。そんなある日内偵中のある事件から「PMC アヴァロン」の存在を知った。もうここしかないと人間は誰しもピンとくる瞬間がある。シュンにとってもそうだった。
自衛隊を辞め、すぐにアヴァロンのエージェントと連絡を取った。退職後も付きまとう公安や情報部の目をかいくぐり、シュンは渡航した。
アヴァロンにあったのは男も女もない世界。常に結果だけを求められる究極のリアリズムだった。
性別関係なく一個の命がマシンとして機能しなければ生き残れない世界にシュンはどっぷりとはまった。
ボスニア・チェチェン・アフガン・イラクと転戦するうちに美波やトミー、ライト、ミッフィーと出会った。
傭兵としての第一歩を踏み出す日もこんな緊張感だった、と思った。
その作戦立案・指揮能力、運動・推敲能力を買われ、アヴァロンの上級職員(士官)になったのは何年目の事だったか……。

ようやく新宿のビル街がフロントガラスに大きく映りだした。
池袋を行きぬけてから電車に乗り換えることにした。
上級職員になって初めて任されたエージェントとしての仕事がハイネをスカウトする事だった。
あの日も緊張した。
野生の獣のような、無駄のない鮮やかな殺しと狡猾な立ち回り。一目見てこんなのが自分の手に負えるだろうかと思った反面、自分のものにして連れて帰り、自分の小隊に組み込みたいと思った。
まず気づかれたことのないシュン自身も自信を持っていた尾行を、難なく察知された。ハイネの飼い主と話した時にはもっと胸が躍った。まだ何の訓練も受けていないのにこの潜在能力。現場でテクニックを叩きこめば、凄いものになると信じた。

池袋をすぎたところで車を横道にそらせ停車した。
荷物を持ち、車を降り私鉄に乗った。Uターンだ。下り線は車内もまだ込み合っていなかった。
上り線はまもなくラッシュのピークか、と言うところだ。池袋で降りて、西口公園まで歩いた。
途中の自販機でホットコーヒーを買い、公園のベンチでプルトップを開けた。
朝飲んだコーヒーは緊張のあまり味がしなかった。今度は大丈夫だった。カバンを膝の上において開けて中身のチェックをした。もう何度目のチェックだろう。NIKONのカメラ、折り畳みの簡易三脚、ICレコーダーに似せた送信機。大判の手帳、ペン。単三電池。羽織ったジャケットの胸ポケットを探って偽造の名刺があるのを確かめた。
シュンはボディーチェックされる可能性が高いため、作戦開始まで耳に受信機が付けれない。それまではICレコーダーに見せかけた送信機での送信のみになる。仲間と繋がれないで、単独になるのはたかが無線とはいえ怖かった。
空き缶を自販機横のゴミ箱に捨てた時、公園に横づけされた黒のボルボからクラクションが鳴った。院長夫人だった。
さあ、いよいよかと、一度天を仰ぎ大きく息をして車に向かって歩いた。

「どうも、おはようございます奥様」
「待った?シュンちゃん。あらちょっとこの前より痩せた?まあ、乗って乗って」
一方的に喋ると助手席のドアロックを外してくれた。
「あの……運転、僕がしましょうか?」
少し夫人の運転では怖いような気もした。
「いいのいいの。シュンちゃんに運転させたら悪いもの。ま~早く乗ってちょうだい」
サービス精神満タンの夫人に気おされてシュンは助手席に座った。
当たり障りのいない会話を繰り広げながら、車は一路三池邸へと向かった。
夫人の運転は意外としっかりしたものだった。
「あら?荷物はそれだけ?」
助手席の足元を見た夫人がガッカリしたような顔を浮かべた。一瞬緊張が走った。
「あ、ええ。まあ取材と言ったらこれぐらいのものです。スタジオ撮影にでもなれば、衣装さんやメイクさん、カメラマンさんとか。まだそれに照明スタッフさんも付くんですが、ご自宅での撮影や取材はこんなものですよ」
と適当に誤魔化しておいた。夫人はふんふんと頷いたきりでそれ以上の詮索はしてこなかった。
やはり下り線は空いている。もう三池の山が視界に入った。
「ほら、シュンちゃん、あの山見える?」
「え?どれですか?」
「あれよあれ。」
「ああ、はいはい。」
「あれ、山一つ全部三池さんのなのよ~。すごいわよねえ~」
「ええっ?本当ですか?やっぱりグループ総帥ともなるとちがいますねえ」
思いっ切りとぼけながら、何気なくカバンからICレコーダーを取り出し夫人に気づかれないように送信機のスイッチを入れて胸ポケットにいれた。
「あらっ?シュンちゃん今の何?」
目ざとい夫人が早速食いついてきた。
「ああ、ICレコーダーって言って、会話を録音するものですよ。僕と奥様がこうやって喋ってる間にもいいネタがあるかもと思いまして。はは、奥様するどいですね。」
「ま~そんないい話なんてあるかしら~。でもシュンちゃんって結構仕事熱心なのね~」
「え、ええまあ。ところで奥様、僕は三池総帥の事なんて呼べばいいですかね?」
「そうねえ……私は『三毛ニャン』って大学の頃から呼んでるけど……」
「ええ?三毛ニャン?大学?何ですかそれは?」
「あら、言ってなかったっけ?私と三毛ニャンは大学の同期だったのが縁で今までお付き合いが続いてるのよ~」
「ほう、なるほど~。」
「で、あの人、名前が『寧子』なのよ。ね?『三池 寧子』で『ミイケネイコ』、『ミケネコ』になるじゃない?だから三毛ニャンなのよ~」
「は、はあ……なるほどね~。三毛ニャンですか~。」
「でもあなたがそう呼ぶわけにはいかないわね~」
「ですよね。」
「う~ん……三池さんでいいんじゃないかしら?普通に。」
「分かりました。『総帥』とかつけなくてよろしいんですね?」
「ああ、全然大丈夫よ。あ、ほら早速いいネタできたじゃない。でもこれ使っちゃだめよぉ~」
「全くです。ははははは。」
そんな会話をしながらももう車は山の麓に近づいた。一本道の一番手前で車は一旦停止した。
運転席横のカメラ付きインターフォンのボタンを夫人が押した。
「はい、三池です」
若い女の声が返ってきた
「あ、寧子いる?近澤どうぶつ病院の近澤ですが」
「はい。用件承っております。今門を開錠しますね」
そういうとインターフォンはぷちっと切れた。門柱の上につけられたカメラが動いていた。シュンはあまり見ないようにして鼻歌で「カントリーロード」を歌いだした。トミーたちの受信機に届いているはずだ。
門扉がカチッというロックの外れる音と共に開いた。車が発進した。
「なあにシュンちゃん、ご機嫌ねえ。カントリーロードだったかしら?」
「あ、気づきませんでした。無意識かな?」
「ふふふ、やっぱり取材できるのが嬉しい?」
夫人が一瞬ものすごくいやらしい顔をしたような気がして悪寒が走った。
「ええ、もちろんです。これも全部奥様のおかげです。ありがとうございます」
甘ったるい声で答えた。
夫人が悦に入ってるうちに車は一番カーブをすぎた。
「おお、あれが三池邸。大きいですね~」
「近くに行くともっと大きいのよ~」
やれやれ、すっとぼけるのもここまでか。
車は三池邸に隣接する駐車場に停まった。普段からそうしてるのだろう。勝手口付近にはちゃんと車一台分の余裕を開けていた。
間近に見た三池邸の威容は、シュンの心を強く圧迫した。


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Response: コメント: 2  トラックバック: 0  Edit 01 25, 2012 Back to top
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Comment

うぇ~~ん、とうとう出てきてしまった。

三毛ニャンさま

さあ、どう料理しよう。
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灰音



name:灰音(ハイネ)

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